
ヘンプ=大麻といえば、なんとなく怖いイメージを持っている人もいるかもしれません。しかし歴史を見ると、大麻(ヘンプ)は日本で古くからその繊維を衣服や神具・暮らしの道具として利用され、今も生活に身近な植物のひとつです。
また近年、喫緊の課題である気候変動に対応するべく、ヘンプは環境・サスティナビリティの面からも大きな注目を浴びています。
今回は主に繊維としてのヘンプについて、基本的な知識や歴史・具体的な利用法まで、幅広くフォーカスして紹介します。正しい知識を身に着け、暮らしの中で役立つヘンプの魅力を再発見していきましょう!
目次
ヘンプとは
ヘンプ(Hemp)とは、大麻とも呼ばれる麻の一種です。原産地はチベットや中央アジアとされ、日本では約1万年前から暮らしの中で利用されてきました。
主な用途は、茎から繊維を取り出してつくる、布や縄。また、種は生食できるほか、今でも七味唐辛子のような食品の原材料にもなっています。
一方で、麻薬取締法の対象となっている大麻はマリファナ(Marijuana)とも呼ばれ、気分の高揚を促す成分THC(テトラヒドロカンナビノール)を一定以上の割合で含む花穂・葉などを利用したものを指します。
さらにマリファナはアメリカにおいて差別用語として誕生した言葉であり、大麻の利用価値自体が見直されている背景から、現在はカンナビス(Cannabis)と呼ばれることが増えてきました。
上記は、アメリカの団体カンナビス・ネットが示す、大麻の名称をまとめた図です。元の大麻をカンナビスを呼び、大きく分けて2つの品種を持っています。ヘンプとマリファナは、CBD・THC成分の割合や利用部位によって区別され、用途もはっきりと分かれているのです。
つまり呼称の違いは、THC成分の割合が0.3%以下の品種を「ヘンプ」、20%を超えるものを「マリファナ」と指すのが普通です。ただし用途によって、繊維や食品利用によるものを「ヘンプ」、医療や嗜好品を「カンナビス(マリファナ)」ということもあります。
補足すると、現在の日本で産業用として栽培・利用されているヘンプの茎には、THC成分はほとんど含まれていません。
この記事では、主に植物としての大麻全体と、そこから取り出される繊維を「ヘンプ」とし、医療・嗜好品に利用される大麻を「カンナビス」と表現します。
ヘンプ素材・ヘンプ生地とは
ヘンプは近年、「環境にやさしく、サスティナブルな自然素材」として大きな注目を浴びています。
以下の図は、FAOSTAT(国際連合食糧農業機関)による「1994~2019年の、世界のヘンプ(繊維)生産・栽培農地」を示したグラフです。
(赤:ヘンプ繊維の生産量、単位万トン(縦軸左)、青:栽培農地の広さ、単位ヘクタール(縦軸右))
特に2016年以降、ヘンプ栽培が増え、農地も生産量も拡大しています。生産量にいたっては、1994年以降で過去最高量を記録しました。この事実から、近年はヘンプ繊維の需要が増えていると言えるでしょう。
ヘンプは、生育条件が少なく育てやすいメリットに加え、茎以外にも植物全体をさまざまな用途に利用できることから、今や世界中で見直されている素材です。まずはヘンプの特徴について簡単に見ていきましょう。
ヘンプの特徴
ここでは、繊維としてヘンプの特徴を4つ紹介します。
①強度が高い
ヘンプ繊維は強度が高いことが特徴です。通常、糸や布は洗濯をする度に擦れやすくなりますが、ヘンプは洗濯するごとに繊維が丈夫になります。
同時に、繊維がしなやかになるため、肌あたりがよくなって着心地がアップ。強度が強いヘンプ製のアイテムは、長く使うのにぴったりといえます。
②調湿性があり、冬もあたたかい
ヘンプ繊維には無数の穴が開いていて、常に湿度の調節をしてくれます。洗濯後の乾きが速く、毎日の使用はもちろん旅行先の着替えにも最適です。
また熱伝導が低いため、夏は1枚で涼しく、冬はあたたかく着られるのもポイント。ほかのコットンやウールといった繊維とあわせて重ね着をすれば、薄手でも身体を十分にあたためてくれます。
ヘンプ製の服があれば、1年中着まわせる点が大きなメリットです。
③UVカット効果
あらゆる繊維の中でヘンプ繊維は、紫外線カット効果があることが研究で分かっています。
NGO団体Hemp Foundationによると、ヘンプ繊維は99.9%ものUVカット効果があり、コットンより50%以上も優れているという結果でした。
UV対策をしつつ、汗を吸収して快適に過ごせるヘンプ製アイテムがあれば、毎日の買い物や通勤・通学のほか、外で作業する際に役立ちます。
④抗菌・消臭効果
ヘンプ繊維は抗菌性が高く、消臭効果も抜群。何度も洗濯できない上着やカバン・マットのようなアイテムにも最適です。
麻といえば、固くてごわつきやすいイメージがあるかもしれませんが、近年は技術が進んで細くしなやかな糸をつくれるようになりました。そのためジャケットやパンツだけでなく、Tシャツ・肌着といったアイテムも登場しています。
種類や用途にもよりますが、抗菌・消臭に強いヘンプ製の服は毎度洗濯する必要がなくなり、結果として水の節約にもなる、エコな素材なのです。
このように、ヘンプはさまざまな特徴を持ち、私たちの暮らしに役立つ繊維といえます。
ヘンプシードとは
ヘンプシードとは、麻の実(大麻の種子)のことを指し、海外では古くからスーパーフードとして親しまれています。ヘンプと聞くと違法なイメージを持つ人もいますが、ヘンプシード自体にはTHC(テトラヒドロカンナビノール)といった精神作用を持つ成分は含まれていません。
良質なたんぱく質やオメガ3脂肪酸、食物繊維、ミネラルが豊富に含まれ、最近ではプロテインやスムージーの材料としても注目されています。
ヘンプシードの効果
ヘンプシードには、健康に役立つさまざまな栄養素がバランスよく含まれており、日常の食生活に取り入れることで多くの効果が期待できます。まず、たんぱく質の含有量が高く、必須アミノ酸が豊富なため、筋トレやダイエット中のプロテイン補給にも適しています。
また、ヘンプシードに含まれるオメガ3・オメガ6脂肪酸は、血液をサラサラにしたり、悪玉コレステロールを減らす働きがあるとされています。
さらに、鉄分やマグネシウム、亜鉛などのミネラルも含まれているため、貧血予防や疲労回復をサポートしてくれるのもポイントです。食物繊維も多く、腸内環境を整えたい人にもおすすめです。クセが少なく、スムージーやサラダに手軽にトッピングできるのも人気の理由です。
ヘンプシードがやばいといわれる理由
ヘンプシードは「やばい」「やめたほうがいい」といわれることがありますが、その多くは誤解やイメージによるものです。ヘンプという言葉から「大麻=違法薬物」を連想し、身体に害があるのではと不安視されることが少なくありません。
しかし実際には、ヘンプシードには精神作用のあるTHCはほとんど含まれておらず、食用としては法律的にも問題なく流通しています。また、摂りすぎに注意すべき点としては、脂質が多く含まれるためカロリーオーバーになりやすいことや、アレルギーを持つ人は体調に合わない可能性があることです。
そのため、初めて取り入れる際は少量から試すのが安心です。誤解を解いて正しく取り入れれば、栄養価の高い自然食品として健康的に役立てることができます。
ヘンププロテインとは
ヘンププロテインとは、麻の実(ヘンプシード)を原料とした植物性のたんぱく質パウダーです。大麻と聞くと違法性を心配する人もいますが、ヘンププロテインには精神作用をもたらす成分(THC)は含まれておらず、安心して食品として利用できます。
必須アミノ酸や食物繊維、ミネラルが豊富で、動物性プロテインが苦手な人やヴィーガンの人にも注目されています。クセが少なくスムージーやヨーグルトに混ぜて手軽に取り入れられるのも人気の理由です。
ヘンププロテインはがんに影響するものではない
ヘンププロテインが「がんに悪影響を及ぼすのでは?」と不安に思う人もいますが、科学的根拠はなく、通常の食事で摂取する分には健康を損なう心配はほとんどありません。
むしろヘンププロテインに含まれる良質なたんぱく質や必須脂肪酸、抗酸化物質は、身体の免疫力を保つ栄養素として注目されています。ただし、がん治療中の人や食事制限がある人は、他のサプリメントや薬との相互作用を避けるためにも、医師に相談してから取り入れると安心です。
また、過剰に摂取すればカロリー過多になる可能性があるため、適量を守ることも大切です。ヘンププロテインは正しく活用すれば、がんに悪影響を与えるどころか、健康維持に役立つ自然由来の食品です。
ヘンププロテインの効能
ヘンププロテインは、体に必要な栄養素を効率的に摂取できる点で多くのメリットがあります。まず、必須アミノ酸が豊富で、筋肉の修復や成長を助けるため、運動後のたんぱく質補給として最適です。
さらに、植物性プロテインの中では比較的消化吸収が良く、胃腸に負担をかけにくい点も魅力です。また、オメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸がバランス良く含まれており、血液の循環を促し、生活習慣病の予防にも期待できます。
加えて、豊富な食物繊維が腸内環境を整え、便秘解消やデトックス効果もサポートしてくれます。牛乳由来のホエイプロテインでお腹を壊しやすい人や、アレルギーが心配な人にもおすすめです。毎日の食生活にヘンププロテインを取り入れることで、体の内側から健康を支えることができます。
ヘンププロテインのデメリット
ヘンププロテインには多くの健康メリットがありますが、デメリットも知っておくことが大切です。
まず、植物性のためホエイプロテインに比べてたんぱく質含有量がやや少ない点が挙げられます。しっかりたんぱく質を摂取したい人は、食事全体で補う必要があります。
また、ヘンプ特有のわずかな青臭さが気になる人もおり、好みが分かれる場合があります。加えて、オメガ脂肪酸を含むためカロリーが高めになりがちで、摂りすぎるとダイエット中のカロリーオーバーにつながる可能性も。
さらに、ナッツ類と同じくアレルギーを持つ人は体質に合わないことがあるので、初めて摂取する際は少量から試すのがおすすめです。メリットとデメリットを理解し、自分の体調に合わせて無理なく取り入れることがポイントです。
ヘンプがサスティナブルな理由
続いて、ヘンプのサスティナブルなポイントについて紹介します。
農薬いらずで、栽培が簡単!
ヘンプはどのような生育条件でも育ちやすく、日本では古くから痩せた土地の土壌改良のために使われてきた植物です。そのため、世界でもほとんどの国・地域で栽培できます。
少量の水があれば簡単に育ち、農薬や化学肥料を必要としません。早ければ3か月で収穫できるので、ひとつの農地でトウモロコシや小麦といった作物との輪作(1つの土地で、1年に2つ以上の作物を栽培・収穫する農法)が可能です。
またヘンプは地下深くまで根を張り、土壌の環境を整えます。つまりヘンプを植えたあとの土壌は、地下に炭素をため込んで微生物・虫が過ごしやすい環境を作り、後から植える作物が育ちやすい状態にしてくれるのです。
コットンよりもサスティナブル?
最近、エコな素材として目にする機会が増えたオーガニックコットンですが、実はコットン栽培は農薬の有無に関係なく大量の水を必要とするのをご存知でしょうか。
あたたかい場所を好むコットンは、アジアやアメリカ大陸で多く栽培されていますが、WWFによると、たった1枚のコットンを作るのに、2,700リットルもの水を使用しなければなりません。
湿潤な気候を持つ日本はともかく、乾燥地帯であるインドのような国では、コットン栽培が引き起こした干ばつ・水不足に苦しんでいます。
一方ヘンプは、水の量が少なくても簡単に育ち、農薬・化学肥料を必要としません。
たとえばオーストラリアのある農場では、1億7,800本のヘンプを栽培しています。その際に使用した水の量を同じ農地面積と栽培量で試算した結果、通常のコットン栽培に比べて、1日900万リットルもの水をセーブできることが分かりました。
また、コットンは今、農業で使われる水資源のうち4%近くを利用していますが、ヘンプ栽培に置き換えるだけで水に関する問題解決へ一歩進められる可能性を持っています。
CO2の吸収量が高い
ヘンプが持つ栽培時のメリットは、CO2の吸収率の高さも挙げられます。先ほど、ヘンプは土壌環境を整えると述べましたが、同時に空気中の二酸化炭素を吸収し、地中に排出する役割を果たしてくれるのです。
これだけなら「その役割はほかの植物にもあるのでは?」と思うかもしれませんが、注目すべき点はその量です。
上記の図は、Hemp Seeds Australiaが植物ごとに「1ヘクタールの土地につき、90日で吸収できる二酸化炭素の量」をまとめたデータです。(上から、ヘンプ、小麦、松の木)
ヘンプが吸収できる二酸化炭素の量は、小麦の約1.5倍、松の木に至っては10倍以上です。つまり、松の木が20年かけて吸収できる量を、ヘンプはたった90日で吸収できるのです。
現在、差し迫った課題として二酸化炭素の増加による地球温暖化が問題となっています。上記のデータを見ても、ヘンプ栽培は、二酸化炭素の吸収に大きく貢献できると言えるでしょう。
植物全体を有効利用できる!
ヘンプは、収穫後の利用用途が幅広いのも特徴です。収穫後、繊維として取り出すのは主に茎の内部。しかしヘンプはそれ以外のほとんどすべてのパーツを、別の用途に活用できます。
以下は、アメリカのNGO団体Hemp Foundationによる、ヘンプを利用できる用途を部位別に示したものです。
(SEEDS:種、STALK:茎、LEAVES/FLOWERS:葉と花穂、ROOT:根)
上の図が示すように、ヘンプの用途例を以下のように分けることができます。
- 種:オイル・ナッツ・パンやビールといった食品の一部・飼料・プロテイン・バイオ燃料など
- 茎:布・紙・建材・板・動物用ベッドなど
- 葉と花穂:医薬品・コンポスト・動物用ベッドなど
- 根:コンポスト・医薬品など
このように、ヘンプは植物全体をさまざまな用途に使うことができるのです。続いてヘンプの歴史を確認してみましょう。
ヘンプとリネンの違い
ヘンプとリネンはどちらも天然素材として注目されていますが、原料となる植物が異なります。ヘンプは麻の一種である「大麻草」から採れる繊維で、栽培期間が短く農薬をほとんど必要としないため、環境に優しい素材として人気です。
一方、リネンは亜麻という植物から作られる繊維で、吸湿性と通気性に優れており、衣類や寝具に多く使われています。ヘンプは繊維が強靭で耐久性が高く、ロープやバッグ、最近ではエコ素材の衣類にも活用されています。
リネンはやわらかな肌触りと清涼感が特徴で、夏の衣料品として特に人気です。どちらもサステナブルな素材として注目されていますが、風合いや用途に違いがあるため、目的に合わせて選ぶのがおすすめです。
紀元前から現在までのヘンプの歴史
ここでは、ヘンプが人々の暮らしの中でどのように扱われてきたのか見ていきましょう。なおこの章では、品種の区別がない時代もあるため医療・嗜好品利用の場合でも「大麻」としています。
時期 | 出来事 |
---|---|
紀元前~ | 人類が大麻を暮らしに取り入れ始めた |
1920年代〜 | イギリスやアメリカの一部で、大麻使用を取り締まる法律が施行された |
1940年代~ | 日本では、GHQが大麻の薬物乱用を恐れ、政府に厳しく取り締まるよう要求 1947年に大麻取締法が施行される |
1970年代~現在 | ドラッグのイメージが強くなり、「大麻=危険」の印象が一般的になる |
紀元前~
人類が大麻を暮らしに取り入れ始めたのは、遅くても紀元前1万年前とされています。
この時期、どの地域においても大麻の主な使用方法は繊維や食品・薬でした。ただし紀元前7000~2000年頃のアジアの一部(中国・インドほか)や、紀元前1500年頃の中東諸国では、宗教上の理由などによって嗜好品のように広く親しまれている側面も。
特にイスラム圏では、はじめは繊維づくりの際に燃やす大麻をお香として楽しみ、次第にパイプに入れて煙を吸うようになりました。
欧米では紀元前400年までに伝わったとされ、繊維と食品利用だけでなく煙草のように吸引し嗜好品としても楽しまれていました。
1920年代〜
欧米では長い間、娯楽や薬・繊維として親しまれていた大麻ですが、1920年になるとイギリスやアメリカの一部で、大麻使用を取り締まる法律が施行されました。
一説によると、1930年代当時、一部のアメリカ人政治家が、石油・木材から製造可能な商品の大半は大麻を代替原料にできる事実を恐れたこと、また1910年代に大麻を持ち込んだメキシコ系移民の人々を差別する目的で、ネガティブキャンペーンを実行したことが原因とされています。
一方、大麻が含む成分THCやCBD(カンナビジオール)の研究が進み、うつ病やてんかん・睡眠障害に効果があり、副作用も見られないという結果から、一部では医療用途を認める運動も出てきました。
このように賛否はあるものの、大麻栽培自体への厳格な規制が敷かれるようになり、次第にヘンプとしての繊維利用も減少していきます。
他方で、日本では繊維や薬に利用すべく、国をあげて大麻栽培が奨励されていました。
1940年代~
第二次世界大戦を経て敗戦国となった1940年代の日本では、GHQが大麻の薬物乱用を恐れ、政府に厳しく取り締まるよう要求をしてきます。しかし大麻吸引の習慣がなかった日本において、この要求は不可解なものでした。というのも、品種によってTHC成分の異なる大麻と、産業用ヘンプが異なるものであるという事実は、当時あまり知られていなかったのです。
それでも日本政府は最終的にGHQの要求を受け入れ、1947年に大麻取締法が施行されます。
この影響で、産業用として栽培されてきたヘンプも厳しく規制されることに。法律の施行前は、最盛期で全国に2万以上もの大麻農家がいましたが、施行後たった3年で1千軒以下にまで減少してしまうのでした。
1970年代~現在
1970年代以降日本では活発に大麻に関する議論行われていましたが、次第にドラッグのイメージが強くなってきます。そしていつしか「大麻=危険」の印象が一般的になってしまいました。
一方、厳しい規制の要求をしたアメリカでは、市民運動の高まりによって、カリフォルニア州やワシントン州では医療および娯楽を目的とした大麻利用が合法となりました。現在では、半分以上の州が医療・娯楽どちらかの利用が合法になっています。
ほかにもオランダをはじめ、カナダや欧州の一部でも医療・娯楽の大麻生産と利用が許可されました。これによって大麻生産がさかんになり、薬だけではなく繊維と食品の需要も高まっていきます。
現在、国や地域によってルールは異なりますが、ほとんどの場合はTHC成分をほとんど含まない品種を扱い、産業用の生産ができるようになりました。
それでも、日本のように「麻薬」のイメージが強い場所では、たとえ産業用でもなかなか理解・普及が進まないのが現状です。
現在は自治体に届出を提出すれば栽培が可能ですが、対応が厳しいことに変わりはありません。例えば、日本のヘンプ栽培の中心地・栃木県では、種子を県外へ持ち出すのは禁じられています。
近年は燃料や植物プラスチックとしての研究が進んでいる
とはいえ、近年は医療・産業の分野で研究が進み、食品と薬・繊維のほか、バイオ燃料や植物性プラスチックといった分野にも活用できることが分かっています。
加えてヘンプは繊維としてすぐれた性能を持ち、植物全体を資源として最大限に使える「エコな素材」としても注目を浴びるようになりました。
以上のように、ヘンプは複雑な歴史を持っています。しかし単に危険な植物なのではなく、あらゆる用途に活躍する優秀な素材といえるでしょう。
ではヘンプがどのような特徴を持っているのか具体的に確認していきましょう。
ヘンプのデメリット
ヘンプには環境に優しい、栄養価が高いなどのメリットがありますが、誤解されやすい点や向き不向きなどのデメリットもあります。ここではヘンプのデメリットを分かりやすく解説します。
誤解されやすくイメージが悪い場合がある
ヘンプは「麻=大麻」というイメージが強く、法律に触れるのではないかと誤解されがちです。実際には、食品や繊維として利用されるインダストリアルヘンプは、精神作用を引き起こす成分(THC)がほとんど含まれていません。
しかし日本では大麻取締法との関連から「やばい」「やめたほうがいい」と言われることも多く、誤った情報が広まってしまうケースがあります。このため、商品を販売したり人に勧めたりするときは、ヘンプと違法大麻の違いをしっかり説明することが大切です。
また、家族や知人の中でも抵抗感を持つ人がいる場合があるため、ヘンプ製品を選ぶ際には周囲の理解を得ながら取り入れるのがおすすめです。
味や風味にクセがある場合がある
ヘンプシードやヘンププロテインは栄養価が高い一方で、独特の青臭さやナッツのような風味が苦手という人もいます。特にヘンププロテインは植物性特有の粉っぽさが気になるという声もあり、味が合わないと継続して摂取するのが難しくなることも。
美味しく取り入れるには、スムージーに混ぜたり、ヨーグルトにかけたりと工夫が必要です。また、市販のヘンプ製品でも精製度やブランドによって味に差があるため、自分に合った商品を選ぶことがポイントです。
慣れるまでは少量から試して、続けやすい方法を見つけると良いでしょう。クセが気になる人は他の植物性プロテインやナッツ類とブレンドして摂取するのもおすすめです。
アレルギーや体質に合わないことがある
ヘンプはナッツ類と同様に、人によってはアレルギー反応が出る可能性があります。特に食物アレルギーがある方や、種子類に敏感な体質の方は、初めて取り入れるときには注意が必要です。
体質に合わないと腹痛やかゆみ、湿疹などが起こることもあります。また、ヘンププロテインは食物繊維が豊富な分、腸に刺激を与えすぎてお腹が緩くなる人もいます。
安全に取り入れるためには、まずは少量から試し、体調に変化がないかを確認しましょう。持病がある場合や妊娠中の方は、事前に医師に相談するのが安心です。栄養価が高い食品だからこそ、自分の体調と向き合いながら無理なく続けることが大切です。
ヘンプのメリット
ヘンプは環境にやさしく、栄養価が高い万能素材として注目されています。ここでは、食品や衣類など幅広い用途で活かされるヘンプのメリットをわかりやすく解説します。
栄養価が高く健康をサポートできる
ヘンプシードやヘンププロテインは、豊富な栄養素を含んでいるのが大きな魅力です。必須アミノ酸をバランス良く含んだ良質なたんぱく質をはじめ、オメガ3・オメガ6脂肪酸、ビタミン、鉄分、亜鉛、マグネシウムなどのミネラルも豊富です。
これにより、筋肉の修復や免疫力の維持、生活習慣病の予防、貧血対策など、さまざまな健康サポートが期待できます。また、ヘンプには食物繊維も多く含まれるため、腸内環境を整えたい人にもぴったりです。
クセが少なく、スムージーやサラダ、ヨーグルトなどに混ぜて気軽に摂れるのも人気の理由です。日常の食事に取り入れるだけで、栄養バランスを底上げできる手軽さが、多くの人に選ばれているポイントです。
環境にやさしいサステナブル素材
ヘンプは地球環境に配慮したサステナブルな素材としても注目されています。大麻草(産業用ヘンプ)は成長が非常に早く、農薬や化学肥料をほとんど使わずに育てることができるため、土壌や水質汚染のリスクが低いのが特徴です。
また、二酸化炭素(CO₂)を多く吸収するため、地球温暖化対策にも貢献します。繊維として利用する場合は耐久性が高く、衣類やバッグなど長く使えるアイテムに加工できます。
廃棄されても土に還りやすく、環境負荷が少ないのも大きなメリットです。サステナブルなライフスタイルを意識する人にとって、ヘンプ製品を選ぶことは日々の消費行動の中で地球環境に貢献する一つの方法となります。
多様な用途で活用できる万能性
ヘンプのメリットの一つは、食品や衣類、化粧品、建材まで多様な分野で活用できる汎用性の高さです。ヘンプシードはスーパーフードとしてプロテインやサプリメントに加工され、健康志向の人に愛されています。また、繊維としては強度と通気性に優れており、リネンに近いナチュラルな風合いで衣類や寝具に使われることが増えています。最近では化粧品の保湿成分やエコ素材の建材にも応用され、廃棄物が少ない点でも注目されています。1つの植物からこれだけ幅広い製品が生まれるのは大きな強みです。持続可能性が重視される今、日常生活に取り入れやすい万能素材として、ヘンプは今後さらに活用の場を広げていくと期待されています。
ヘンプの注意点
使い勝手がよく、長く利用できるヘンプだからこそ、アイテムの選び方・扱い方には多少の注意が必要です。今回は、注意点を2つ紹介します。
品質表示には書いていないことがある
日本の法律では、リネン(亜麻)とラミー(苧麻)以外の麻繊維は指定外繊維のため、「ヘンプ」ではなく「指定外繊維(大麻)」と表示してよいことになっています。
商品によっては「ヘンプ」と書いていない場合もあるので、一見すると分からないかもしれません。もし麻のようなさらりとした手ざわりで、素材の表示が曖昧なときは、販売者や製造元に直接尋ねてみましょう。
できるだけこすらない
ヘンプ製のアイテムを長く使うために、できるだけ摩擦を避けましょう。
特に洗濯の際は洗濯ネットに入れる、もしくは手洗いがおすすめです。アイテムにもよりますが、そもそも抗菌・消臭の特性を持っているので、毎度洗わなくても良いでしょう。
ヘンプ生地のおすすめアイテム3選
ここまで、ヘンプの特徴や魅力について触れてきた中で「実際にヘンプ製アイテムを使ってみたい!」と感じた人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、おすすめのヘンプ製アイテムを、取扱いショップと共に3つご紹介します。
【麻農家のお店】麻炭染めバッグ
栃木県鹿沼市で、400年以上続く麻農家さんが運営するショップ「麻農家のお店」では、国産ヘンプを使用した小物や食品を販売しています。
ここで購入できるカバンは、国産麻「野州麻」の栽培から加工までを一括管理し、職人の手仕事によって1枚ずつ漉いた紙布を使用。さらに大麻を炭にして染料とし、ぬくもりを感じられるグレーに仕上げました。
水に強いヘンプは雨の日にも心配することなく使用できるため、普段使いにぴったりの1品です。
【ASAFUKU shop】ヘンプ100%Tシャツ
ASAFUKU(麻福)shopでは、ヘンプを「倫理的で道徳的な素材」と位置づけ、生地の単体販売からインナー・小物まで豊富なヘンプ製アイテムを取り揃えています。
中でもヘンプ100%のTシャツは、さらりとした着心地がポイント。トップスとしてはもちろん、インナーとしても活躍します。
汗をかく夏の季節はキャミソールと、身体の芯から冷える冬は上からシャツ・セーターを重ねて着用すれば、1年中着まわせます。
【Saana ja Olli】ヘンプ製エプロン
Saana ja Olli(サーナ・ヤ・オッリ)は、フィンランドで活躍するデザイナー、サーナとオッリが立ち上げたテキスタイルブランド(※)。欧州産のヘンプを原料にし、フィンランド国内の向上で紡績・縫製を行なう点から、エシカルなブランドとしても注目を浴びています。
2人の若手デザイナーが手がけるのは、耐久性のあるヘンプ布に施したスタイリッシュでユニークなプリント入りのアイテム。上記の写真に写っているエプロンは、フィンランドの古い歴史に登場する文様をかたどったデザインが魅力です。
ほかにも、オーブン用ミトンやキッチンタオル、ベッドリネンといった幅広いアイテムを揃えています。おしゃれなヘンプ製アイテムを求める人におすすめです。
※テキスタイル:布製品をつくるための原料として扱われる生地。
ヘンプに関するよくある質問
ここでは、ヘンプに関するよくある質問に回答します。
ヘンプと大麻の違いは?
ヘンプと大麻は同じアサ科の植物に由来しますが、用途や成分には大きな違いがあります。ヘンプとは、産業用に栽培される「産業用大麻」のことで、繊維や食品、化粧品、建材など幅広い分野で利用されています。
特徴的なのは、精神作用をもたらす成分THC(テトラヒドロカンナビノール)の含有量が非常に低い点です。一方で一般的に「大麻」と呼ばれるものは、THCを多く含み、吸引などで精神作用を引き起こすため、ほとんどの国で規制の対象になっています。
そのため、同じアサ科の植物でも、品種改良や栽培目的が異なることで、法律上の扱いが変わるのです。食品や繊維として流通しているヘンプは、法的にも認められており、安心して活用できる自然素材として注目されています。
ヘンプ製品はどこで買える?選び方のポイントは?
ヘンプ製品は、最近ではスーパーの自然食品コーナーやオーガニック専門店、ネット通販などで手軽に購入できます。特にヘンプシードやヘンププロテイン、オイルは健康志向の人に人気があり、無添加・オーガニック表示の商品も多く流通しています。
ただし、選ぶ際にはいくつかポイントがあります。まず、原産国や製造工程がしっかり明記されているかをチェックしましょう。品質の高いヘンプ製品はTHCが含まれないことが保証されており、安心して摂取できます。
また、クセの少ない味を選びたい場合は、口コミで味や食感を確認するのもおすすめです。初めての人は少量パックから試して、続けやすいものを見つけると失敗が少なくなります。信頼できるブランドを選ぶことが安心への第一歩です。
ヘンプを毎日食べても大丈夫?
ヘンプシードやヘンププロテインは、栄養価が高く日常的に取り入れても問題のない食品です。適量を守れば、毎日摂ることで不足しがちなたんぱく質や必須脂肪酸、ミネラル、食物繊維を手軽に補えます。
ただし、脂質が豊富なため一度に大量に食べるとカロリーオーバーになったり、食物繊維が多いことでお腹が緩くなる人もいます。特に初めて食べる場合は、体質に合うか少量ずつ試しながら慣れていくのがおすすめです。
また、ナッツアレルギーがある人は念のため医師に相談してから取り入れると安心です。ヘンプは薬のような即効性があるわけではありませんが、毎日の食生活に無理なく取り入れることで健康を内側から支える強い味方になります。
ヘンプとSDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」との関係
最後に、持続可能な社会を掲げるSDGsとヘンプとの関わりについて紹介します。
SDGsとは
SDGs(Sustainable Development Goals)とは、持続可能な開発目標のことを指します。2015年に国連で採択され、17項目と169のターゲットが定められました。
SDGsは、環境・社会・経済の世界が抱える問題を軸に目標が掲げられ、2030年までを達成期限としています。
SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」と関係
SDGsの目標15「陸の豊かさも守ろう」は、陸に暮らす生き物を守り、土壌の管理や森林の回復を通して、自然と生態系を保護するために定められました。
それらに加え砂漠化の解決も求められており、地中に水を蓄えられる健康な土壌づくりから手を付ける必要があります。
そこで土壌改良に役立ち、栽培しやすいヘンプは、生態系の豊かな土地づくりの第一歩として、SDGsの目標15の達成に大きく貢献できる可能性を秘めています。
また陸の環境を改善し、森林の回復につながれば、森が持つ浄化作用によって水もきれいにしてくれます。その結果、海の環境改善にも期待できるため、ヘンプはSDGsの目標15だけでなく、目標14「海の豊かさを守ろう」とも間接的に関係しているのです。
まとめ
今回は、ヘンプの持つ歴史や特徴・扱い方まで幅広くご紹介しました。
日本ではまだマイナスなイメージが強いかもしれません。しかしすでに世界ではヘンプの持つサスティナブルな魅力に気付き始めており、環境にやさしい素材として研究・活用が進んでいます。
私たちも消費者として、素材の特性や生産過程にも目を向け、持続可能な社会を手がかりとしてヘンプを活用してみませんか?
<参考文献>
ヘンプ(麻)の歴史と魅力、その効果 | びんちょうたんコム
Why Weed and Hemp Should be Treated Differently|Cannabisnet
Production/Yield quantities of Hemp tow waste in World + (Total)1994 – 2019|FAOSTAT
「真面目にマリファナの話をしよう」佐久間 裕美子
大麻の歴史年表|Cannabis DNA Labs
The Racist Roots of Marijuana Prohibition|Foundation for Economic Education
大麻栽培者数の推移|厚生労働省
ヘンプ素材とは? 麻「ヘンプ」 遠州織物の福田織物が解説 | 福田織物のテキスタイルコラム | 有限会社福田織物(ふくだおりもの)公式Webサイト
How Hemp Clothing Protects You from UV Rays|Hemp Foundation
Best UPF Fabric Options for Ultimate Sun Protection|WAMA Underwear
ヘンプとサスティナビリティー|麻の実専門店 ヘンプフーズジャパン
Handle with Care | Magazine Articles | WWF
オーガニックコットンとは|日本オーガニックコットン協会
コットンと環境|一般財団法人日本綿業振興会
Sustainability|Hemp Foods Australia
麻の家庭用品品質表示法|日本麻紡績協会
テキスタイル:textile 意味・用語解説|ファッションプレス
この記事を書いた人

のり ライター
東京生まれ&育ちのリトアニア在住ライター。森と畑に出会い「自然と人とが寄り添う暮らし方」を探求するように。現地で暮らし学んだ北欧の文化と植物、日本で体験したマクロビ&パーマカルチャーを糧に、食・暮らし関連を中心に執筆中。普段はほぼベジ。
東京生まれ&育ちのリトアニア在住ライター。森と畑に出会い「自然と人とが寄り添う暮らし方」を探求するように。現地で暮らし学んだ北欧の文化と植物、日本で体験したマクロビ&パーマカルチャーを糧に、食・暮らし関連を中心に執筆中。普段はほぼベジ。